観光
トーゴの主な観光地
【ロメ】ロメは、ベナン湾の蒼い海に面した沿岸地帯に位置しており、なごやかで、調和のとれた、愛想 のよい街です。現代的なホテルや、多くのレストラン、カジノ、繁盛した市場や、活気あるディ スコなどがあります。ロメは 100 万人以上の住民がいる、トーゴ最大の都市です。またロメは活 気のある首都で、日中はトーゴの経済活動で沸き立っており、夜はレストラン・バーや数多くの
ディスコで賑やかになります。とはいえロメは人間味のある特徴を残した小さな首都であります。 小さなブティックや、洒落た邸宅、コロニアル様式の古い建物、草木の茂った庭を備えた大邸宅 などを携えた建物があり、それらはいずれもココヤシや花を咲かせた低木などに囲まれています。 ロメは近代主義と伝統の両方を反映しています。というのもロメには少しヨーロッパの香りがし
つつも、トーゴの文化が多く見られるからです。
■観光・名所 ブードゥー教グッズの市場 この市場ではブードゥー教に関するものや、伝統的な薬が見られます。鳥の羽、動物の頭蓋骨、獣の皮、ハーブなど、魔力があると信じられているもの全てや、また彫刻が施された小さなお守りなどが売り場に陳列されています。このお守りは悪運から身を護る力があるとされ、店員によるとその効果は保証されているということです。ここでは素晴らしいお土産を買うことができますが、一般的に、最初に示されている値段はかなり高く設定されているので、値切った方がよいでしょう。
■大市場 大聖堂のすぐ近くには、ロメの大市場があります。そこでは日用品の殆どが取り揃えられています。これは二階建ての建物で、街区を占めており、大抵のものはここで見つけることができます。商店の多くは、鮮やかな色彩の服装を纏った女性たちが経営しています。トーゴでは、家庭用品に関する経済の大半を女性が司っています。この市場は、是非訪れていただきたい場所です。ここは活気とエネルギーで沸き立っています。人々の声のざわめきが、録音されたアフリカ音楽と混ざり合って聞こえてきます。また子供たちがあらゆる場所にいて、母親の手伝いをしたり、皆で遊んでいたりします。このように都市の活気が表れた、賑やかな光景が見られます。また、この壁の向こうでも、さまざまな活動が行われています。近隣の通りでは、行商人たちが活気のある商業に従事しており、頭の上に商品を携えて売り歩いています。市場から四方八方に扇状に道が広がっており、そこを気ままに散歩するのも楽しいものです。たくさんのショーウィンドーやブティックがあり、そこにはアフリカの衣装や、職人の工芸品が売られています。
【アネホ】アボドラフォから 15km 東に位置しており、ゲン・ミナ族の宗教的中心地です。この街並みは 曲がりくねったラグーンの近くにあり、漁師が住んでいたり、ココヤシが植樹された田園地帯に 囲まれています。かつて黒人売買の中心地であったアネホは、ドイツの施政下に置かれた最初の 都市でした。その後、この国の最初の首都となりました。現在でも、アネホは、19 世紀の小さな植民地だった頃の精神を維持しています。この都市は 漁師や農夫たちの平和な街並みであり、重要な食料生産であるマニオクで有名な、農業の中心地 です。アネホでは、漁師の家族の住む大集落で収穫を分け合っており、釣りをしながら協力して いる様子が見られます。
■観光・見所 伝統行事エペ・エペは、西アフリカ全体において、おそらく最も人口の多い民族であるゲン族の歴史的 祝祭です。エペ・エペは、1663 年に湖水地帯であった一帯に住み着くため、17 世紀にガーナか らやって来たゲン族独自の祝祭です。祝祭の核心であり、その周りで様々な祭典が行われる聖な る石を採るエペッソという儀式が行われます。この祝祭は、ゲン族の正月を表しています。決ま った日付はなく、一般的には毎年9月に行われますが、まれにグリジ・ポージでは8月に行われ ることもあります。植民地時代の名残アネホには植民地時代(19 世紀)の特徴的な建築が集まっています。これらはトーゴの最初の 首都であったこの市域の過去を表し、またトーゴの主要な商業地となっています。
【ソコデ】ソコデは、トーゴで最も大きな市域の一つです。行政の中心地であり、この市域に住む人の大 半は、その服装が西アフリカを思わせるコトコリというイスラム教徒です。男性はブーブーを着 ており、女性はとてもカラフルで素晴らしい服装の上にヴェールを被っています。生活は、現在 でもなおテム族 に対して権威を持つ、伝統的な族長支配体制によって組織されています。トー ゴにおいて、地元の音楽と踊りが出会う場所はここ以外にありません。短剣の祭典の時には、通 りは伝統的な音楽と踊りでいっぱいになります。
■観光・名所伝統行事:短剣の祭典(ガダオ・アドッサ) ガダオ・アドッサという名称は、二大行事を合わせて指す表現です。テム族はガダオという行事を、ディダウ族のコミュニティはアドッサという行事を行います。ガダオの歴史は、タバロという場所に涸れることのない泉水が湧出したことに関連しており、モラの族長はそこに赤いシェシア帽を残して水浴したと言われています。それ以来ガダオは伝説となり、先祖に豊かな収穫を感謝するための有名な場所になりました。
【カラ】 カラはトーゴ北部の中心地です。この街並み地からは、この地域に数多くある自然風景や文化的景観を訪ねることができ、特にクタマクの風景はユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に登録されています。カラには、多くの宿泊施設やレストランがあります。またカラは発展中の街です。政府によるトーゴ国内の全域におけるインフラストラクチャの整備の一環として、行政や製造業の現代的な中心地として急速に発展しました。トーゴで最も多い民族であるカビエ族が住んでいるのもカラの地域です。彼らは石の多い土地で農業を行うことから「石の農夫」と呼ばれています。カビエ族はヤマイモ、綿花、ラッカセイなどを栽培し、またこの土地にはマンゴーや、その他の果物もあり、この地域は重要な農業地となりました。
■観光・名所 伝統行事カラには数多くの伝統行事があることから分かる通り、文化遺産が豊富にあります。エヴァラ(カビエ族の成人式): エヴァラは、カビエ族の住む地域で行われる格闘行事です。 エヴァルと呼ばれる若い格闘士たちが、彼らの強さ、忍耐力、そして踊りを際立たせる機会です。 この成人式の宗教儀式は、1月中に家ごとに個々に行われ、18 歳の若者は大人の仲間入りをし ます。最終儀式は7月の第二土曜日にあたる 11 日、12 日、13 日、または 14 日に始まります。 またそれは1週間続き、県のすべての地域で行われます。
【ハビエ】(コザーのカビエ族の宗教儀式): 魔力を表した踊りです。これは魔女の人知を超えた 力を表す機会です。また成人のみが自然の力を制御することを互いに表す機会でもあります。5 年毎に 11 月に行われますが、コザーの特定の地域では 3 年毎に行われます。シンカリング(ビナーのカビエ族の成人式と収穫の祭典): シンカリングの語源は、サンクー
という手を洗い清めるという意味の動詞と、カルーという人生の挑戦に備えるという意味の動詞 を合わせたものです。ラマ・テッシに由来するシンカリングは、ビナーの若いカビエ族がコミュ ニティを護れるように、忍耐と強さを身に付ける試練を与えます。つまり、これは大人としての 仲間入りをするための試験なのです。また、歌と踊りの後には、インゲンマメの揚げ物や、地元
の飲み物、新たに収穫された果物などの試食があるため、これは収穫の祭典でもあります。地域 から地域へと、ローテーション形式で行われ、毎年 12 月の第一土曜日に祝われます。ユネスコの世界遺産
:観光の視点から言えば、カラはこの地域を訪れるための中心地となります。北部には、サラカワ、ニャムトゥグー、デファレの牧神保護区、またユネスコの世界遺産に登録されているクタマクの景観などを見ることができます。サラカワの記念碑: 故ニャシンベ・エヤデマ大統領が奇跡的に一命をとりとめた、1974 年 1 月 24
日の航空事故を追憶して建てられた記念碑があります。そこでは飛行機の残骸を見ること ができます。
【パリメ】パリメは、ロメから車で約 1 時間半ほど離れた場所に位置し、とても美しい自然環境の中にあり ます。コーヒーやカカオの生産の中心地です。街の周りは豊かで肥沃であり、密林のある丘や、 深い渓谷、農家の小さな村などに囲まれています。景観は、乾燥季でも常に緑色です。激しい農 業開発にもかかわらず、クパリメにはマホガニー、ワワ、イロコなどがたくさん生えた、トーゴ の中でも最も美しい森のいくつかがあります。また多くの滝があり、水際で涼むことができます。 さらにクパリメはトーゴにおける職人工芸の中心地であり、木彫り職人、バティック職人、陶工、 織物師など、多くの芸術家や職人たちが住んでいます。アグーの高峰アムスコペとパリメの間に、トーゴで最も高い山であるアグー山があります。この山は標高 986mあり、深い森に覆われており、またエウェ族の小さな街が点在しています。山の脇には小 道が縦横に走っており、精力的な登山家であれば頂上まで登ることができます。
【ダパオン】 トーゴの北部に位置し、丘の窪地に人が住んでいます。モバ民族に会いに行ったり、数多くの歴史的景観を訪れるために理想的な場所です。崖の窪みに挟まれたナノやマプルグの洞窟や穀物地帯や、ナムジョガの洞窟壁画などは、この地域の主要な観光スポットです。歴史的・文化遺産 ノクとマプルグの洞窟。アタパメ 丘の上にあるアタパメの繁栄した街は、クパリメ、バドゥ、アタパメによってなる「コーヒーとカカオの三角地帯」を完成させています。かつては、アタパメは山の多い避難所でした。しかし後に、ドイツによる植民の過程の中で、この街は農業と行政の中心地となりました。現在も、アタクパメは主要な農業地として残っています。ここはまた製造業の中心地でもあり、重要な織物工場があります。この街は、隣接する平野に突き出した丘の上に建てられています。涼しく心地よい気候です。観光・名所 カミナの廃墟カミナはアタパメから 20km 離れたところに位置し、かつてドイツの軍事基地でした。この地 域全般にある城壁が現在も残されており、またトーゴとベルリン、そしてドイツ艦隊と南大西洋 をつなぐ、巨大なラジオ局のアンテナを支えていたコンクリート製の柱塔があります。
【バサール】バサールの地域は、乾燥した山々が高くそびえ、川が縦横に流れ、木の生い茂ったサヴァンナ 地帯に素晴らしい展望を作り出しています。この地域は、ヤマノイモの栽培の中心地であること で知られています。毎年、ヤマノイモの祭典である「デュポントル/ンダク」(収穫祭)がバサ ール族やコンコンバ民族にとっての正月を表しています。またこの地域には立派な背の高い窯が あり、この一帯では祖先が鉄工業を行っていたことを表しています。
■観光・名所伝統行事:デュポントル/ンダク(バサール族やコンコンバ族の収穫祭)があります。これはバ サール族やコンコンバ族の正月を表します。この地域のヤマノイモの栽培は、デュポントルとン ダクの意味を知るための鍵となる要素であります。デュポントルとンダクは、バサール族やコン コンバ族の人々にとって、前年の農耕による収穫物をありがたく思い、そして感謝のしるしとし て初穂を神や先祖の魂に捧げる機会です。バサール族とゲリンクーカ族が交代で毎年 9 月の第一 土曜日に祝います。